えもぷのまだまだ頑張る日記。

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えもぷのまだまだ頑張る日記。

失恋したての独身30代女性が人生をバラ色にするため、日々頑張る日記です。 何もお役に立てませんがよろしくお願い致します。

東京都の賞を取った小学校2年生の頃の作文。

私のこと

こんなの出てきた。

本棚を整理していたらこんなものが出てきました。

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昔「僕(私)のなかよしおじいちゃんおばあちゃん」というタイトルで作文を書いたら東京都の賞を取ったときのものです。

もう25年以上前のものなのでボロボロですが、よくあったなぁ。そして昨日母と飲みに出かけて親戚の話や祖母の話をしてたのでなんという偶然。

たまにもう亡くなってしまった祖母や父、友人のことを思い出す事があります。
今回みたいに母や友人と話してる中で話題に上がったり、こういう思い出のものを見つけたときです。

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わたしには毎朝お仏壇に手を合わせる習慣も、定期的にお墓参りに行く習慣もないので、こういったふっとしたきっかけで故人を思い出すことって、わたしにとってとても重要だと改めて思いました。

わたしのなかよしおばあさん 

わたしのおばあさんは、やさいをつくるのがとてもじょうずです。まい日あさ早くからはたけにいって、やさいをつくっているので、かおや手がしわだらけです。たのしそうにはたらしているおばあさんのえがおを見ると、なんとなくわたしも元きがでそうです。

 おばあさんは、やさいのほかにも、くだものや、花をつくるのもたのしそうです。作ったやさいを、わたしたちにたべさせてくれたり、おはなをうちのにわにうえてくれます。ふゆになると、かれはや、たきぎをひろって、たき火をしたり、さつまいもをなどもやいてくれるので、わたしは、冬になるのが、たのしみです。おばあさんがやさいや、くだものをつくるときは、かならず、虫をころすくすりをつかっていないのでぜんぶむしを手でとったり、あしでふみつびします。わたしが、

「きもちがわるいからもう、やめてよ。」と、いっても虫をどんどんふみつぶしたり、手でとったりします。

わたしが、「どうしてそんなことをするの?」と、きくと、おばあさんは
「おくすりをつかうと、からだにも、どくだからだよ。」といいます。

だから、いつまでも、おくすりをつかわない太ようのひかりをあびた、しんせんなやさいをもっと、いっぱい、つくってほしいな。 とおもいます。

 おばあさんは、ゆかたをぬってくれたりもします。まえには、すんぽうをはからないでゆかたをつくってくれたことがあります。きてみるとピッタリだったので、びっくりしました。わたしも大きくなったら、おばあさんのようになんでもできて、じょうぶなからだの人になれたらいいな。とおもっているので、いまのうちに、おばあさんから、いろいろおそわってみたいです。おばあさんは、やさいをそだてたり、ゆかたをぬったりして、いつまでもじょうぶでいてほしいとおもいます。

我が家の呼び方「おばあさん」。周りがみんな「おばあちゃん」とか「おばあちゃま」って呼んでいるのがすごく羨ましい時もありました。

でもわりとすぐに、周りのお友達のおばあちゃん達よりちょっと年上、明治生まれの祖母を「おばあさん」なんだと胸を張って思えるようになった気がします。

畑と時代劇とお裁縫が好きでとっても頑固な祖母でした。
ほんと、こうやって思い出せてよかったなぁ。

うーん。 たまらん。

今、ブログをこうやって書いていることもあって、自分が8才の時の言葉が残っているってすごく感慨深いです。

ひらがなだらけの文って、なんかいいですね。
つば九郎たんのブログ読みに行こーっと。(←ひらがなつながり)

つば九郎オフィシャルブログ「つば九郎ひと言日記」Powered by Ameba

小さい頃から作文が好きで読書感想文コンクールとかで賞をもらってはいたのですが、こうやって冊子になっているのって多分この賞だけじゃないかなぁ。学校で書いたりコンクールに出した作文の原本はもう捨ててしまっていそうだし。

今なら全部スキャンしてHDに保存したりできるけどあの頃はそんな技術ないですもんね。

今の子たちはそもそも鉛筆と消しゴムと原稿用紙を使って作文を書いたりしないのかしら。小学校低学年からマイタブレットなどを使ってお勉強しているってテレビでみたこともあるし。

というわけで今回はノスタルジックに思い出の作文を載せてみました。

 

おしまい。